飲み屋で熱く語る ”野球好きオヤジ” の勝手な独り言

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データ ; 対戦相手のここを見る   -その1-

いわゆる ID 野球と言われるものは全面的に賛成とは言い難いが、対戦相手の最低限のデータは知っておくことは盗撮禁止必須である。
とくにトーナメントではリーグ戦と異なり、見も知らぬ相手と戦うことが少なくなく、全く前情報なしに戦うのは愚かなことである。
過去問を全くチェックせずに受験にのぞむようなものである。
最近では高校野球ではバックネット裏から近距離でのビデオ撮影を禁止していたり、TV 局にはあとあとから要請があっても試合のビデオを提供することが制限されているようである。これは、相手を研究できるチームとできないチームの不公平感を無くすためなのであろうか。
ということは、やはり研究すれば有利になるということなのであろう。
高校野球などでは試合を終えたあとなどで、弁当を食べながら次回対戦相手の試合を見学している光景をよく眼にする。
観戦している選手を観察していると結構おもしろい。次回対戦するんだということで、必死に凝視している選手はまず見たことがない。ほとんどピクニックみたいな感じである。そもそも対戦するであろう投手の球種やコントローが最もよくわかるバックネット裏からチームみんなで観戦しているのをほとんど見たことがない。
3塁側や1塁側の上の方から、雑談しながら見ていることがほとんどである。
情報はバックネット裏でみているスコアラー任せなのであろうか。
自分の眼で直にみられるのに実にもったいないのである。是非自分でバックネット裏から観察することを勧める。
さて、その選手たちがあてにしているスコアラー (ビデオ撮影していることも多いが )に関しても、疑問を持っているのである。
ただスコアをつけているだけではないのか、ただビデオをとっているだけではないのかと。
重要なのは、選手(自分)が何の情報がほしいかなのである。
それを高校生のマネージャーやスコアラーが分析して提供できているとは思えないのである。
一部の高校 (神奈川県某私立高校など) では優秀なマネージャー部隊が相手情報を綿密に集めて役立てているというのも事実であろう。
確認したわけではないが、強豪高校では監督や部長が必要な情報を有効な形にして伝えていることは十分予想される。
それでは、相手情報を細かく分析する時間、機材、人材がいない高校ではどうしたらよいか。
父兄を含むチーム後方支援勝手連の登場である。
ここで、私が長男の高校時代に勝手に選手たちに押し売りのように供給したツールを特別に披露してしまうのである。
なんといってもいつもいつも気前がいいとしかいいようがないのである。
まず予想される対戦相手を、自分で直接、バックネット裏から見なければならない。
自分でみないとチームの雰囲気や傾向がわかりにくいので。
多少遠方でもよいので、真後ろからピッチャー~バッター、キャッチャー、アンパイアーの入る画角でビデオ撮影。
これは後から自分で再生して見る必要はなく、投手のモーションや打者の雰囲気を選手に伝えるためのものである。
したがって、長々と全部記録する必要はない。
あまり長いと選手には見る時間がない。
 
【具体的なビデオ撮影の方法】
両チームともに打者一巡までは完全に記録。それ以後は上位打線のみ撮影。(1番、3番、4番打者中心)。
勝敗が決してきた場合は勝ちそうなチーム (次回の対戦相手になるチーム) の投手と中軸打者を適時撮影。
勝ちそうなチームのブルペンで投げている投手がいればそこもちょこっと撮っておいた方がよい。
高校野球では誰が先発するのかわからないので。
全体として1試合45分以内程度が望ましい。
実際の撮影のしかたはビデオを三脚にセットしてこまめにスイッチの on-off を繰り返す。
それをしながらデータを集めるので、はじめは忙しいが、なれれば一人でもOK。
次にデータの収集。
これは、熟慮してなるべく余分なものを省き、実践的なもの、さらにチームのレベルを考慮して、必要最低限なものを追求した。
考え方としては自分が打者や投手であったら、その場面で何を考え、どんな情報がほしいかを推察した。
プロ野球のように数人で綿密なスコアをつけることは不可能であるし、意味がない。
なぜなら、そのデータを解析するほどの n (解析対象データ数) を揃えられないことと、投手が未熟なため狙ったコースなどにボールがくることは地方大会レベルではほとんどないからである。
要するにヘタクソなので、あんまり細かいことを解析しても投げる方自体が思い通りにいくことがないのである。
必要そうなデータをざっくりと供給して、あとは確認にビデオを観てちょうだいねというのが意図である。
高校野球データJPEG3
上のものが実際に記入したデータである。
具体的な解説は次回につづく。 と
もったいぶってしまうのである。

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2013-06-29 : 高校野球 : トラックバック : 0
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ボールを投げる -その2-

ボールの投げ方について子供たちにどのように指導したらよいか? 
というよりも私がどのように教えてきたのかを、強引に披露してしまうのである。
これまでに投げることに関しては、『ジャイロボール』、これが絶対 肘をターゲットに向ける』 に記載した。
「ジャイロボール」は手塚一志氏の理論を自分なりに解釈して記載し、「肘をターゲットに向ける」 は、野球に関しての絶対的に正しい、不変の真理として記載させていただいた。
そこで、今回はほとんどの技術指導同様に絶対真理とはいえないものの、初心者にわかりやすいように、そして、ヒトの体の構造上も故障が少ないであろうと思われる投げ方について、これまで実際に学童野球で教えてきたことについての酒の肴話である。
昔、我々が大人たちから聞いてきたのは
「ボールにきれいなバックスピンが懸るような投げ方」
「腕を耳の脇を通すこと」
多少ましな指導としては 「肩、肘、手首、指の順に振っていて、腕がしなるようにボールをリリースする」
などが思い出させる。
きっと、昔は多かれ少なかれみんなこんな程度であったに違いないのである。
まず、「ボールにきれいなバックスピンが懸るような投げ方」と教えると、私のような真面目な少年は手のひらを相手側に正対させたように腕を振ってしまうのである。
ピッチィングマシンに例えてアーム投げと言われるのがこれを指していると思われるが、人間の肩関節、肘関節の構造からして、故障すること請け合いの投げ方である。
おかげで、私は高校2年にして全力投球することはできなくなり、いまでも寝返りをうつたびに右肩関節に痛みが走るのである。きっと故障していなければメッジャーリーグで活躍できていたかもしれないのに。
つぎに 「腕を耳の脇を通すこと」 との教え。
体の縦方向の軸と肩から肘までのラインの角度は、体に負担なく投げるためにはある一定の角度に決まっていて、腕を耳のすぐわきを通そうとするのは無理な話なのである。
余談ではあるが、体軸×肩-肘の角度は多少の個人差はあるもの (ヒトの骨格、筋肉の構造がほぼ同一であるため)、オアンダースローーハンドスロー、サイドハンドスロー、アンダーハンドスローでもほぼ同じなのである。
嘘だと思ったら、雑誌などの野球選手の分解写真で投球フォームを参照していただきたい。アンダースローの山田久志投手、牧田和久投手もオーバースローの松坂大輔投手、田中将大投手も体軸の傾きが異なるだけで、体軸×肩-肘の角度(α)はほぼ同じなはずである。これは、当たり前なのである、みんな同じ人間だもの。
そして、「肩、肘、手首、指の順に振っていて、腕がしなるようにボールをリリースする」。
これは完全に映像をみて感覚だけで言っている内容であり、子どもたちには実にわかりにくい。
そもそも腕がしなるわけないでしょう。
上腕も前腕も骨ですよ。
曲がるところは関節のみです。オーバースロー
肩、肘、手首。そこが理想的な順番で、理想的な角度に曲がっていくと、高速で動いているので、目の錯覚でしなってだけでしょ。当たり前であると思いませんか。
そのほか肘を肩より下にさげないとか、トップの位置ではボールは後ろに向けておくとか、いろいろあるのですが、みんな理想的な選手が行っている腕の使い方の結果だけをみて教えているとしか思えないのである。
さて、いつもと同様にずいぶんウンチクを語ってしまったが、どう教えるかが問題である。
「肘をターゲットに向ける」 これは前述のとおりで、体の開きを抑える以外にもいろいろなことを含んだ基本中の基本。
そのうえで、腕の振り方の説明としては 「小指側から振れ」 とはよく言われるが、すっきりとは分かりにくい。
メジャーの名プレーヤー ジョージ・ブレットは著書 「強い打球と速いボール」 のなかで、「腕を空手チョップのように振り下ろす」 と記載している。
これは相当にわかりやすく、メジャーリーガーが空手に例えたこともあって衝撃をうけたのを覚えている。
それから正しい腕の振り方のトレーニングとしてアメリカンフットボールのボールを使ってのキャッチボールも浸透してきている。子供用に小さいサイズのボールも市販されているので、へたに指導するよりもこれでキャッチボールをさせておくとよいトレーニングになる。体育館での練習などのときにも最適である。
最近は数社からアメフトボールの形状で大きさ(短径)を硬式ボールと同じくらいにしたものも市販されているので、これらを使用したキャッチボールも有効である。
これらの楕円ボールが弾丸のように回転して進むのが要するにジャイロ回転であると理解している。
さて、ここまででも相当役に立ちそうでしょう。
すごいでしょう。
でもこのあと飲みながらさらに熟考したのである。
このくらい思考すればもう一つくらい大学に入れたかもしれないのである。
何度も記載したように人間の構造はだれでも基本的には同じであり、ものを強く遠くに投げるということに関しては、腕の振り方は同一にならざるを得ないのである。
たとえば、投球、アメフトのスローイング、さらにはバレボールのスパイク、バトミントンのスマッシュ。
また、テニスのサービスは野球の腕の振り方のトレーニングに使われることもある。
このへんまででも子どもたちには腕の振り方というものを十分理解してもらえるはずである。
しかし、この程度では東大に入ることは困難なのである。
次が究極。
『やり投げ』
やりなげ
これは強く、遠くにとばす代表の競技であり、しかも狩猟するようになったころには人類はすでに槍を投げていたのであるから、この腕の振り方は DNA に刷り込まれているはずである。
どうだ、まいったか。
野球なんぞとは歴史が違うんでぃ!!
リリースするタイミングは少し違うかもしれないが、やり投げ。
これが原点であろう。
私はやり投げを教えてもらったことはないが、おそらく右投げであれば、投げる方向に向かって槍は時計方向に回転しているはずである。そうでないと真っ直ぐ、遠くには投げられないはずである。
これもジャイロ回転なのであろう。
だから、子どもには言うのである。投げるのが丸いボールと思うな!  
槍だと思って投げろと!
ボール=やり
ここまでくるとかえって分かりにくいのであった。
東大は遠かったのである。
2013-06-22 : 野球技術 : トラックバック : 0
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見逃し三振をするとなぜ怒られるのか

学童野球では十中八九,見逃し三振した瞬間に怒られる。見逃し三振
ヘタをすると即交代させられてしまう。
これは理不尽であると思い続けてきたのである。
しかも、あびせられる言葉はだいたい同じである。
「振らなければ当たるわけないだろう。」
「思い切り振っての三振なら全然かまわないが、どうして振らないんだ。」
こんな感じである。
あまり何度も怒られると子供は、2ストライク後は何でも思いっきり振ってしまうようになる。
滑稽極まりないのである。
ネット上の書き込みでも「見逃し三振は恥ずかしいもの」と認識されている感じが強い。
併殺、バント失敗、牽制死、見逃し三振ではどれが一番恥ずかしいか? 
というような質問でも 見逃し三振より恥ずかしいプレーはない というものさえあった。
これは単に見逃し=消極的 というより、
投手の誇り⇔打者の屈辱 
手も足も、肩も胸も何にもでなかった=未熟者、能無し、役立たず
といようなことから来ているのであろうか。
なんとなく、小学生の頃、男児が大便所に入るのは罪悪感と屈辱感がいっぱいであったような感覚に似ているような気がするのである。漏らしてしまったら恥ずかしいことこの上ないが、誰もが行かざるを得ないトイレに行っただけでなんで非難の対象になるのであろうか。トイレの方は高校生以上になっていくと皆が理不尽さに気が付いて、問題にならなくなっていくのに、見逃し三振には同じように誰でもするものであるにも関わらず永遠に地位は最低から脱出できないのである。
もし、見逃し三振がそれほど「悪」で、レベルの低いこといであれば、どうして大学野球、社会人野球、プロ野球でもよく目にするのであろう。
上にいくほど見逃しが少なくなるとういう事実が確認されているとは思いえない。
要するに、
見逃し=絶対にボールに当たらない 
という事実だけで怒られているとしか言いようがないのである。
これは指導でも、コーチングでもない。
やみくもに振って万が一あたったらラッキーというだけで、見逃しはダメというのはあまりにもレベルの低い論理ではないか。
確認すべきは「なぜ見逃したか」なのである。
理由としては、待っていた球種やコースと全く異なっていて、全く手が出なかった、チェンジアップなどで全くタイミングが合わなかった、などいろいろあると思う。
その原因に対しての対策を教えないと意味がないのである。
レベルが上がっていくと、見逃し三振にいたるまでのピッチャーとの駆け引き、心理状態、その日の主審の好み等、いろいろな要素が含まれていて、実は非常に深みがある。少なくとも見逃し三振までには最低3球の駆け引きがある。
プロ野球でも応援するチームの打者がチャンスに見逃し三振するともちろんがっかりはするが、それは恥ずかしいとか、レベルが低いというのとは次元が異なるのである。
見逃し三振の中で、本人が理由を説明できないときは叱ってもいいかもしれないし、選手交代してもいいかもしれない。
しかし、空振り三振といってもやみくもに全部スウィングしてしまって、まあ当たる可能性のほとんどないような空振りをしている場合こそ交代させるべきである。
昔は 見逃し三振⇒体罰 などという光景もあったようななかったような。
一塁まで全力で走らないプレーの方がよっぽど恥ずべきプレーであると断言する。
さらに、よくないことだと知りながら、指導中や子供たちの前でタバコを吸うような大人に、見逃し三振を批判する資格など 「お天道様」 も 「遠山の金さん」 も 「桃太郎侍」 も一切、かけらほども認めないのである。 

2013-06-14 : 野球の疑問 : トラックバック : 0
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早慶戦

早慶戦
日本の野球の原点。
Baseball とは似て非なるもの。
野球オヤジを自称するにあたっては、避けては通れない日本の文化。
これについて、語ってしまう。
はずかしながらこの早慶戦を実際に観戦したことがなかったので、2013年6月2日、とうとう神宮球場にいってまいりました。
その観想は後回しにして、まずは歴史より (各ホームページより抜粋して引用)。
 
1.    慶應義塾ホームページ
http://www.keio.ac.jp/ja/contents/history_topics/1.html) より
早慶戦100年
東京六大学野球の早慶戦は、2003年に100年を迎えました。過去に数々の名勝負を見せてきた早慶戦。それは、歓声の沸き起こる神宮球場を両分する3塁側義塾と1塁側早稲田の、天下分目の戦いでもあります。

早稲田大学からの挑戦状(第1回早慶戦)
明治36(1903)年11月21日、早慶戦第1回戦が義塾の三田綱町グラウンドで行われた。
この戦いは明治34(1901)年創部の早稲田が、9年早く発足した義塾に「教えを請いたい」と対戦を申し込んだもので、「(早稲田の)選手皆幼稚を免れず候に就ては近日之中御教示にあづかり以て大に学ぶ所あらば素志此上も無之候」との一戦申込みに、義塾も「貴校と当校とは是非共マッチを致す可き者」とただちに応答したことから実現した。
約3000人の観衆を集めた試合は、11対9で義塾の勝利。早稲田の選手たちは朝から下駄を鳴らしながら戸塚村(現在の早稲田)を出発、三田までの13キロの道を歩いて来たという。
両校がライバルとなった歴史的第一戦であった。
 
   2.    早稲田大学競技スポーツセンターのホームページ(http://waseda-sports.jp/center/soukei/)より
早慶戦のはじまり
明治36年(1903)11月5日、早稲田大学野球部から、先輩格の慶應義塾大学野球部に挑戦状を送りました。挑戦状の筆をとったのは、当時の早稲田大学第2代主将、橋戸 信であったと言われています。
11月21日午後1時30分、快晴のなか、三田綱町の慶応義塾運動場にて第1回早慶戦が行われました。結果は11対9で慶應義塾の勝利。早稲田は善戦しました。これがのちに伝統を誇る「早慶戦」のはじまりです。スポーツやその他分野での「早慶戦」は、ここからはじまりました。
明治38年(1905)、早稲田大学野球部は米国遠征により野球の母国で最新技術を学び、帰国後、早慶定期戦を行います。しかし、明治39年(1906)、両校応援団が極度に熱狂したため、慶應義塾鎌田塾長が大隈重信伯、安部野球部長を訪問し、両校応援団の衝突および危険回避のため、早慶戦の中止を決めました。
その後、明治大学、法政大学、立教大学とも試合を行いますが、「早慶戦」だけは行われることはありませんでした。東京帝国大学(東京大学)も参加し、現在の東京六大学連盟が形成されていくことになります。
あれから19年。大正14年(1925)10月19日、 早稲田大学戸塚球場にて「早慶戦」が再開されます。安部野球部長は戸塚球場2塁上にて観衆に対し、早慶戦復活と野球の発展、両校の応援が天下の模範となることを訴え、観衆一同は感激し拍手で応え、立派な試合が行われました。結果は、11対0で早稲田の勝利。2回戦も勝ち、大正14年(1925)秋季リーグ戦に優勝しました。
 
3.    早稲田大学応援部のホームページ
http://www.w-ouen.com/league/hosoku.html#daiikkai) より
第1回早慶戦
明治34年11月、早稲田大学に野球部が創設された。当時の日本一は一高であった。これに次いで、横浜外人クラ
ブ、慶應、学習院という順序で駆け出しの早稲田は足元にも及ばないというのが一般の下馬評であった。第一回早慶戦
明治35年春、早稲田は学習院と農科大学に試合を申し込むが、物の見事に大敗を喫した。以後、猛練習に励んだ早稲田は明治36年に横浜外人クラブと一戦を交え、世間の予想を覆し、これを撃破した。
 (右図 第1回早慶戦に出場した両軍メンバー)
 こうして早稲田は、強敵慶應に試合を申し込み挑戦状を送った。これが早慶が戦を交えた最初で、明治36年秋のことだった。
第1回目は慶應の勝利に終わったが、試合後両チームは今後、春秋一度ずつ互いに手合わせする事、球場は交代で使用することを約束し早慶戦の歴史がここに始まった。翌年には早慶両校が当時の覇者一高を破り、日本野球界の覇権を競うようになった。

いかにも伝統と歴史の重みを感じざるを得ないのであるが、予想外であったのは、早稲田より慶應の方が9年もはやく野球部が創設されていたこと、早稲田よりも学習院と農科大学(東京帝国大学の前身校である帝国大学に設置された農学の分科大学)のほうが野球部創設が早かったことである。
当然、早稲田と慶應が最も早く野球部を創設して、定期戦をしているものとの思いは打ち砕かれたのである。
一番最初ではないのになぜに、これほどまでに深く浸透しているのであろうか。
そのへんは、戦争の影響やらなんやらかんやら各大学のホムページにあるので参照されたいが、特殊な対戦であるのは確かであるようだ。
さて、少しだけ早慶戦観戦の観想を書いてしまうのである。早慶戦2
まず、歴史の重みは感じざるをえない。
野球自体は別に他の大学の野球と大きく変わることはない。選手にしても何人かは高校野球時代から見てきた選手である。
それでは何が異なるのか。
 1. ユニフォーム 伝統のユニフォームや独特な形の早稲田の野球帽な
 2. 一塁側 早稲田、三塁側 慶應に固定されて行わる試合
 3. 応援団、応援歌、校歌
 4. OB、現役が一体となったそれぞれのスタンドの雰囲気
 5.球場外での各学生の雰囲気、熱気
早慶戦1
おおむねこんな感じであろうか。
試合自体は普通の大学対抗戦であるが、スタンド全体が愛校心に満ち溢れていて、第三者ではあったが郷愁すら感じてしまったのである。
野球ファンであるならば一度は雰囲気を味わっていただきたいのである。
今回は早稲田側 (一塁側) で観戦したのであるが、スタンドは一丸となって同窓会の雰囲気であった。
老若男女が入りまじり、それぞれ日常はいろいろなストレスを抱えているのかもしれないが、観戦中は熱狂的な同窓会集団と化しているのである。
日々いろいろなことがあっても春、秋の2回、少なくとも2試合づつは行われる、この一大イベントで関係者は大盛り上がり出来るのである。
本当は知り合いでもない隣り通しで肩なんか組んで、校歌なんか歌ってしまうのである。
しかも試合中に何回もである。
さらにさらに、ビールなんか飲みたい放題なのである。
これだけでも、早稲田か慶應に入学する意義があるのである。
でも簡単には入れてくれないのである。
どっちの大学もケチなのである。
同校の OB がうらやましい限りである。
ただし、最低限の強さは維持しなければならないと思うのである。

いつもいつも東都リーグや関西の大学なんかに負けているようではいけないのである。

早慶戦とは、「野球は演歌」の原点というより 『伝統芸能』 の域に達していると感じたのであった。 


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