飲み屋で熱く語る ”野球好きオヤジ” の勝手な独り言

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
-------- : スポンサー広告 :
Pagetop

野球選手超人伝説

野球選手に限らず頂点を極めるような人々には逸話や考えられないような言い伝えが存在する。
信じられないような内容やまあ誇張されているだろうなとは思うものの、マンガのヒーローを見るように楽しく伝説なってしまうものである。
今回はこと野球に関しての超人的は話を雑誌やネットで拾ってみた。
記録が比べられるような水泳や陸上などのスポーツでは、科学的な研究や練習法の進化などにより、時代が新しくなるほど記録は伸びている。また相撲などでも体力の向上などにより大昔の力士より最近の力士の方が強いであろうという意見が多い。
おそらくは、他の競技同様に平均的には現代の選手の方が秀でている確率が高いと推察される。
しかし、野球にかぎらず昔の記録は正確に残っておらず (たとえばスピードガンなど)、伝聞によりさらに尾ひれがついたりして誇張されていくので、昔の選手の方がおもしろい超人的エピソードが残っているようである。
そもそも、記録もないのに 『沢村栄治と大谷翔平のどちらが速いか』 や、『江夏の球をイチローは打てるのか』 などという議論は面白くはあるが、結論が出るわけはない。
対戦した打者の感じ方としても[尾崎行男はすごかった」、などといわれても[そうでしょうね」、と相槌をうつくらいなものである。
そんなことよりも、ものすごかった超人たちを 『これだけすごかった』 『こっちはこんな話が残っている』 などといいながら、大いに騒ぎビール重ねる方が、断然楽しく、夢があるのに相違ないのである。
以下、真偽のほどは全く保証しないが、是非ビールを片手にお楽しみください。
(参考資料は 伝説のプレーヤー http://1st.geocities.jp/dogyamanet/index.html  古今東西「ベースボール伝説」ベースボール・マガジン社  その他より、一部抜粋して記載)
 
【古今東西 打者編】
榎本 喜八 「安打製造機」
◇ ある試合で榎本は4打数4安打と打ちまくったのだが、鮮やかな当たりのヒットは1本もなかった。榎本は「今日は4の0か」とつぶやいて落ち込んでいたという。
 野村克也の回想より
榎本は私が見た中で、一番巧い左打者である。榎本はまずボールを振らない。唯一振るところは内角高め、 それもよほど「速い」球でないと「フン」といって見逃されてしまう。 ある時その内角高めに球が来た。 コースはボールだったが、審判が「ストライク」と言ったので 私は「しめた」と思った矢先、榎本はこう言ったのである。 「今のは3センチずれているよ」 そう言うと何もなかったようにまた構えた
 
中西 太
◇ ファウルチップしたら、ピッチャーの所までボールの皮が焦げる臭いがした
◇ ファールチップがネット裏の席にキナ臭いにおいを漂わせた
 ショートライナーと思った選手がジャンプしてグローブの先をかすめた球が外野スタンドに飛び込んだ
 折れたバットでホームランを打った
 怪我をしていたため結果として左手 1 本でホームランを打った
◇ 中西のライナー性の打球を捕球した野手が、手を骨折した。
◇ 1953年8月29日、対大映戦(平和台野球場)で林義一投手から放った打球はライナーでバックスクリーンを優々と越え、場外の福岡城址まで届いた。推定飛距離は160m以上で、180〜190m近く飛んだ可能性もあると言われている。この時も、林義一投手は「(取れるライナーかと思って)ジャンプした。そうしたらグングン伸びて、バックスクリーンのはるか上を越えていった」と千葉茂に後年語っていたと言う。ただ打った中西本人は、あまりにも低い弾道だった為、本塁打になるとは思わず、一塁を回るあたりまでは全力疾走をしていたといい、またそれほどの飛距離の本塁打になるとも思っていなかったという。
◇ 投手の肩口を抜けたライナーが伸びに伸びて平和台のバックスクリーンを超えていった(青田昇の証言より。このとき青田はセンター前ヒットと思って一歩前に出たという)。
 
前田智徳
 オープン戦で一回もバットを振らずに三球三振をしてベンチで「あんなんプロの投げる球じゃない」といったらしい。
 理想の打球はと聞かれ「ファールならあります。」と答えた。
 
王 貞治
 1975年6月17日の大洋戦で王は、打席に立って構えたとき、違和感を覚えた。場所は、川崎球場である。試合後、王は思い切って審判団に頼んだ。「バッターボックスからマウンドのプレートまでの距離を測ってほしい」と。審判団も大打者の王が言うだけに無視できず、実際に測ってみると、何とバッターボックスがバックネット側に25センチ延びていたのである。しかし、このことに気づいたのは王ただ一人だったのである。
 
長嶋茂雄
1960年、開幕の国鉄戦の5回捕手の平岩は立ちあがり、打者の頭の高さに構え1球外すことを指示した。投手の村田は、捕手が構えた位置に投げたが、長嶋は強引にバットを振り、左翼席中段への本塁打とした。
 同年7月16日、長嶋は、投手が敬遠で投げた球を無理やり打ちに行ってツーベースヒットにしている。
 さらに翌日、大洋戦で鈴木のこれまた頭の高さに投げた外し球を振ってレフトへ飛んだ。長嶋が打って来ると思わなかったレフトは慌てて打球を追い、転倒して頭を強打。その間に長嶋は一気にホームまで走りきり、ランニングホームランとしている。
◇ 1968年5月11日の中日戦、敬遠してきた山中巽投手に対して3球目からバットを持たずに打席に入り、素手だけで構えて抗議に出たのだ。絶対打つことができない長嶋を、あろうことか山中はそのまま2球ボールを続けて歩かせたのである。
 
川上哲治
 1951年3月31日練習後、川上は「ボールが止まって見えた」とつぶやいたという
 本塁打はどうやったら打てるか、という質問に対して「ボールを3分割して、下から1/3の点を強打すれば、本塁打の確率が増える」と答えたと言われている。
 
大下弘
 名将・三原脩さんは、こんな言葉を遺している。
    「日本の野球の打撃人を五人あげるとすれば、川上、大下、中西、長嶋、王」
    「三人にしぼるとすれば、大下、中西、長嶋」
    「そして、たった一人選ぶとすれば、大下弘」
 
藤村 富美男
 1956年6月24日、甲子園で阪神×広島戦が行われた。試合は0-1と阪神がリードを許したまま9回裏に入り、最後の攻撃で2死満塁のチャンスをつかんだ。藤村は、監督として三塁コーチボックスに入っていた。そのとき、藤村は、一塁コーチボックスの金田に促され、自ら 「代打、俺」と告げたという。そして、リリーフとしてマウンドに上がっていた長谷川良平投手から放った打球は歓声とともにレフトスタンドへ。監督兼任で代打逆転満塁サヨナラ本塁打。これが藤村の現役最後の本塁打となった。
 
ョッシュ・ギブソン
 ベーブ・ルースを「白いギブソン」と呼ばせたジョッシュ・ギブソン
 生涯ホームラン記録は 962本。
 ピッツバーグでのある試合で、ギブソンが放った打球が球場の外に消え、その打球が翌日フィラデルフィアの球場に落ちてきた
 1934年にはヤンキースタジアムで飛距離580フィート(約176メートル)の場外本塁打を放ったと言われている。
 ペンシルヴェニア州で試合をしていたとき、痛烈なショートライナーを放ち、遊撃手ウィリー・ウェールズはグラブを弾き飛ばされ、親指と人差し指の間の肉が裂けてしまったという。
 
クール・パパ・ベル
◇ ダイヤモンドをわずか12秒で1周したのが計測された
 タッチアップで2塁から生還した
 犠牲バントで一塁から一気に三塁へ進むなど、一度に2つの塁を奪ったことが何度もあるという。さらに、一塁走者であったとき、犠牲バントで一挙本塁を陥れたことがある。
 ニグロリーグでは200試合足らずで175の盗塁を記録した。
 強烈なピッチャーライナーがサチェル・ページを襲ったときのこと。「球は俺の耳元をかすめて飛んで行った。体勢を立て直して後ろを向くと、なんとその打球が、二塁に滑り込んだベルの尻に当たっているじゃないか」
◇ ジョッシュ・ギブソンがホテルで同室に宿泊していたとき、ベルは壁のスウィッチを切ったかと思うと、電燈が消えるよりも早にベッドに滑り込んでいた。
 
テッド・ウイリアムズ
 回転しているレコード盤の印刷した文字が読めたとか、遠くから来る車のナンバー・プレートを誰よりも先に読めたとか。
 
ベーブ・ルース
 プレーヤーにかけられ回っている、78回転のレコードのタイトルを読めるほどの優れた動体視力の持ち主であった
 1926年のワールドシリーズでは、ルースは病の床にあった11歳の少年にホームランを打つことを約束し、実際に打っている。
 タイ・カッブのヒット狙いの打法に対し、ルースは「あんたみたいな打ち方なら、俺なら6割はいけるだろうな。でも、客は俺のけちなシングルヒットじゃなくて、ホームランを見に来ているのさ」とコメントしたという。
 
【古今東西 投手編】
 
尾崎行男
 尾崎がプロ入りした1962年、山内一弘は、大毎の看板打者として活躍していた シーズン前、尾崎についてのコメントを求められた山内は「たいしたことないよ」と発言する。 記事を読んだ尾崎は、怪童のプライドを賭けて、山内に剛速球1本で勝負することを決めたという。 対戦は、尾崎のデビュー戦にやってきた。  そして、この日、対戦した山内は、試合後ネット裏の通路でパンチョ伊藤(当時パ・リーグ事務局長)とすれ違ったとき「ボールが途中で消えたんだよ」という言葉を残して素直に脱帽している。
 
稲尾和久
キャンプ中熊本大学の医学部によって西鉄ライオンズの主力投手5人の制球力調査が行われた。これは捕手が内角高め、低め、外角高め、低めに構えそれぞれに10球ずつ投げるというものであった。稲尾は合計40球をすべて捕手が構えるミットンに寸分の狂いもなく投げ込み、他の4投手は声も出なかったという。
 
江川 卓(高校時代)
 甲子園大会での対戦相手の打者「高目には手を出すなって言われたけど三球三振ですわ。高目やない。まん中なんです。それをキャッチーは全部頭の上でキャッチしてる全部ボールがホップして来よるんですわ」
 対戦相手の監督「選手にバットを短く持って当てていくように指示したが、どうしても打てなかった。もう1度対戦しても打てませんね」「選手には内緒ですが、完全試合にならなくてホッとしましたよ」
 
金田正一
オールスターゲームの時に、練習の虫と言われていた阪神の村山実が金田のトレーニングに付き合おうとしたが、あまりのハードな内容に音を上げたという逸話がある。
 ロッテ監督時代の教え子である村田兆治によると「実績のあるピッチャーは投球練習をしなくてもいいから、とにかく走れ」と指導していたという。
 恐るべしは完全試合達成時である。9回、相手の中日が1アウトから、ハーフスイングをめぐって40分の抗議。肩も冷えてもうだめだろうと思われたそのとき「さあ、後二人や。必ず三振させてやるから、みんな帰り支度しといてや」と言い放ったそうである
 4回まで投げていたピッチャーがピンチに陥ると突如マウンドに向かい「ワシ投げるから」と勝手に投手交代宣言。まんまと勝利投手となってしまったのである
 
山口高志
 170センチという小さな体を最大限に使って投げ込む高めのストレートは「三日前から振らないと打てない」とまで形容されたという。
 常時、150キロ以上の球を投げ、好調時には160キロ近い球を投げていたと言われている。山口の剛速球を目の当たりにした人々の中には「日本のプロ野球史上、最も速い球を投げていた」と断言する者は多い。
 
杉下 茂
 数々の名勝負を繰り広げた川上哲治には、故意にフォークの握りを見せてから投げたという。
 全盛期のフォークは45センチ以上落ちたと言われ、捕手も捕れない球があった。
 川上は「捕手が捕れないのに打てるわけがない」と嘆いたという伝説も残っている。
 
沢村栄治
 快投を続ける沢村に注目したのが、大リーグのピッツバーグ・パイレーツのスカウトだった。そのスカウトは、ファンとしてサインをもらいたいふりをして沢村に大リーグの契約書を差し出したのである。しかし、それが大リーグの契約書であることに気づいた同行の鈴木惣太郎は、沢村にサインを拒否させたと言われている。
 
サチェル・ペイジ
 ニグロリーグ時代には約2500試合に登板、2000勝以上をあげ、うち完封勝利は350以上、ノーヒットノーラン55試合
 上手、横手、下手どこからでも投げ分けることが出来、投球練習の際、ホームベース上に置いた煙草の箱の上をボールが通過するほどコントロールに優れていた。
 球速の計測記録は残っていないが、160km/hを投げていた速球王ボブ・フェラー同じチームでプレーが42 歳のペイジが投げる球をみて「サチェルの投げるボールがファストボールなら、俺の投げるボールはチェンジ・アップだよ」と発言している。
 サチェルとノーラン・ライアン両者の球を受けた捕手は「ライアンのは時速 100 マイル(161km)だが、ペイジのそれは時速 111 マイル(179km)だ」と言ったという話がある
 全打者三振になりそうな試合で、最後の打者が振り逃げで28連続三振になった
 9回裏にわざと走者をためて無死満塁にし、しかも野手を全員ベンチへ引き上げさせて打者に勝負を挑んだなどの逸話がある。
 9人連続三振をとると宣言して、外野手全員を内野に集めた
 
ボブフェラー「火の玉投手」
 MLBコミッショナー事務局が彼の速球を撮影して球速を割り出したところ、104マイルと計測されたという。ちなみにフェラーはこのときスーツ姿、マウンドでなく平地で投げていた。
 更に1946年のグリフィス・スタジアムで、米軍が協力しての当時最新の球速測定機を使った実験では、初速117.2マイル、終速98.6マイル、平均で時速107.9マイルを記録したという。
 1997年のワールドシリーズでロブ・ネンが104マイルを計時した時、フェラーは「それは俺のチェンジアップの数字だ」とコメントした。
 
ウォルター・ジョンソン
 サイ・ヤング(511勝)に次ぐ417勝(20世紀以降にデビューした投手としては最多)と、通算110完封をマーク
 2ストライクに追い込まれた打者が、「もう結果はわかっている」と、3球目を待たずしてベンチに下がったという伝説が残されている。
 
サンディー・コーファックス「黄金の左腕」
 高校時代にある試合で登板した際、そのあまりのスピードに目を奪われた球審がストライク・ボールを見極めるのを明らかに忘れていたのに「ストライク!」とコールした。これに相手チームの打者が抗議すると、審判は「確かにオレはストライクゾーンを通過したか確かめられなかったが、あんなすさまじい音でミットに飛び込んだ速球は見たことがないし、そんな球をお前が打てるわけがないからストライクだ!」と開き直ったという。
 
ノーラン・ライアン
 ア・リーグ審判のロン・ルチアーノが、「もし水流が流れ落ちる洗車機の向こう側にライアンがボールを投げたとしても、その球には一滴の水滴もつかないはずだ」の名言を残している。
 
以上。
痛快! 痛快!
楽しく2次会にご突入ください。 

続きを読む

スポンサーサイト
2013-09-28 : 酒の肴にもってこいの野球話 : トラックバック : 0
Pagetop

史上最高の野球選手

史上最高の野球選手は誰か?ベーブルース2
正解のない命題である。
少なくともデータだけでは選べないことは確かであろう。
人個人で誰を選ぶかは全くの自由である。
その人その人の思い入れ、強烈な印象、出会った年代 (子供の時に見たか、壮年以後にみたかなど)、その選手にまつわる伝説、言い伝えなど、さまざま角度から選ぶことが可能である。
正解がないといいうより、個人個人で正解が異なるといった方がよいかもしれない。
確かなことは、飲みながら議論するには相当ワクワクすること相違ないということである。
しかし、残念ながらここでもいつものように、私の独善的意見でまとめてしまうつもりである。
史上最高を選定するにあたって、まずは一通りの成績に目を通す必要がある。この点に関しては、やはりレベルからいってプロ野球選手の成績を比較せざるを得ない。以下に日米それぞれの成績の上位5名を示す。

MLB, NPB 記録

MLB

NPB

通算本塁打

1

762本塁打

バリー・ボンズ

1

868本塁打

王 貞治

2

755本塁打

ハンク・アーロン

2

657本塁打

野村克也

3

714本塁打

ベーブ・ルース

3

567本塁打

門田博光

4

660本塁打

ウィリー・メイズ

4

536本塁打

山本浩二

5

647本塁打

A・ロドリゲス

5

525本塁打

清原和博

シーズン本塁打

1

73本塁打

B・ボンズ

01:ジャイアンツ

1

55本塁打

王 貞治

64:巨人

2

70本塁打

M・マグワイア

98:カージナルス

1

55本塁打

T・ローズ

01:近鉄

3

66本塁打

S・ソーサ   

98:カブス

1

55本塁打

A・カブレラ

02:西武

4

65本塁打

M・マグワイア

99:カージナルス

4

54本塁打

R・バース

85:阪神

5

64本塁打

S・ソーサ   

01:カブス

5

52本塁打

野村克也

63:南海

 

5

52本塁打

落合博満

85:ロッテ

通算安打

1

4256安打

ピート・ローズ

1

3085安打

張本 勲

2

4191安打

タイ・カッブ

2

2901安打

野村克也

3

3771安打

ハンク・アーロン

3

2786安打

王 貞治 

4

3630安打

スタン・ミュ-ジアル

4

2566安打

門田博光

5

3515安打

トリス・スピーカー

5

2543安打

衣笠祥雄

シーズン安打数

1

262安打

イチロー

04:マリナーズ

1

214安打

M・マートン

10:阪神

2

257安打

ジョージ・シスラー

20:ブラウンズ

2

210安打

イチロー

94:オリックス

3

254安打

ビル・テリー

30:ジャイアンツ

3

209安打

青木宣親

0:ヤクルト

3

254安打

レフティ・オドール

29:フィリーズ

4

206安打

西岡 剛

10:ロッテ

5

253安打

アル・シモンズ

25:アスレチックス

5

204安打

A・ラミレス

07:ヤクルト

通算打率  MLB  5000打数以上    NPB 4000 打数以上

1

打率.367

タイ・カッブ

1

打率.3200

リー

2

打率.358

R・ホーンスビー

2

打率.31918

若松 勉

3

打率.346

エド・デラハンティ

3

打率.31915

張本 勲

4

打率.345

トリス・スピーカー

4

打率.3175

ブーマー

5

打率.344

テッド・ウィリアムズ

5

打率.3135

川上哲治

シーズン打率

1

打率.4235

R・ホーンスビー

24:カージナルス

1

打率.389

R・バース

86:阪神

2

打率.4210

N・ラジョイ

01:アスレチックス

2

打率.387

イチロー

00:オリックス

3

打率.4198

G・シスラー

22:ブラウンズ

3

打率.385

イチロー

94:オリックス

4

打率.4196

T・カッブ  

11:タイガース

4

打率.383

張本 勲

70:東映

5

打率.4105

T・カッブ  

12:タイガース

5

打率.383

大下 弘

51:東急

歴代打点

1

2297打点

ハンク・アーロン

1

2170打点

王 貞治

2

2213打点

ベーブ・ルース

2

1988打点

野村克也

3

1996打点

バリー・ボンズ

3

1678打点

門田博光

4

1995打点

ルー・ゲーリッグ

4

1676打点

張本 勲

5

1951打点

スタン・ミュ-ジアル

5

1564打点

落合博満

シーズン打点

1

191打点

H・ウィルソン

30:カブス

1

161打点

小鶴 誠

50:松竹

2

184打点

L・ゲーリッグ

31:ヤンキース

2

153打点

R・ローズ  

99:横浜

3

183打点

H・グリーンバーグ

37:タイガース

3

147打点

今岡 誠

05:阪神

4

175打点

J・フォックス

38:レッドソックス

4

146打点

藤村富美男

50:大阪

4

175打点

L・ゲーリッグ

27:ヤンキース

4

146打点

落合博満

85:ロッテ

歴代盗塁数

1

1406盗塁

R・ヘンダーソン

1

1065盗塁

福本 豊

2

938盗塁

ルー・ブロック

2

596盗塁

広瀬叔功

3

912盗塁

ビリー・ハミルトン

3

579盗塁

柴田 勲

4

892盗塁

タイ・カッブ

4

479盗塁

木塚忠助

5

808盗塁

ティム・レインズ

5

477盗塁

高橋慶彦

シーズン盗塁

1

138盗塁

H・ニコル

87:レッドストッキングス

1

106盗塁

福本 豊 

72:阪急

2

130盗塁

R・ヘンダーソン

82:アスレチックス

2

95盗塁

福本 豊 

73:阪急

3

129盗塁

A・レイサム

87:ブラウンズ

3

94盗塁

福本 豊 

74:阪急

4

118盗塁

L・ブロック

74:カージナルス

4

85盗塁

河野旭輝

56:阪急

5

117盗塁

C・コミスキー

87:ブラウンズ

5

78盗塁

木塚忠助

50:南海

通算勝利

1

511

サイ・ヤング

1

400

金田正一

2

417

ウォルター・ジョンソン

2

350

米田哲也

3

373

ウォルター・ジョンソン

3

320

小山正明

4

373

クリスティ-・マシュ-ソン

4

317

鈴木啓示

5

363

ウォーレン・スパーン

5

310

別所毅彦

シーズン勝利

1

59

C・ラドボーン

84:グレイズ

1

42

スタルヒン

39:巨人

2

53

J・クラークソン

85:ホワイトストッキングス

1

42

稲尾和久

61:西鉄

3

52

G・ヘッカー

84:エクリプス

3

40

野口二郎

42:大洋

4

49

J・クラークソン

89:ビーンイーターズ

4

39

真田重男

50:松竹

5

48

C・ラドボーン

83:グレイズ

5

38

須田博 スタルヒン

40:巨人

通算奪三振

1

5714奪三振

N・ライアン

1

4490奪三振

金田正一

2

4875奪三振

R・ジョンソン

2

3388奪三振

米田哲也

3

4672奪三振

R・クレメンス

3

3159奪三振

小山正明

4

4136奪三振

S・カールトン

4

3061奪三振

鈴木啓示

5

3701奪三振

B・ブライレーヴェン

5

2987奪三振

江夏 豊

シーズン奪三振

1

513奪三振

M・キルロイ

86:オリオールズ

1

401奪三振

68:阪神

江夏 豊

2

499奪三振

T・ラムジー

86:カーネルズ

2

353奪三振        

61:西鉄

稲尾和久

3

483奪三振

H・デイリー

84:ブラウンズ

3

350奪三振

55:国鉄

金田正一

4

451奪三振

D・ショー

84:レッズ

4

340奪三振        

70:阪神

江夏 豊

5

441奪三振

C・ラドボーン

84:グレイズ

5

336奪三振

59:南海

杉浦 忠


さらに、史上最高と万人が認めるには野球殿堂入りしている必要があるのでその中から選択する必要がある。とはいっても上記成績上位5名はほとんどが殿堂入りをしているので問題はなさそうではある。 
次に人気。これはデータにはないが、おそらくこの辺の選手が人気があるであろうという選手を記載してみる。
MLB  打者 
タイ・カッブ ハンク・アーロン スタン・ミュ-ジアル  バリー・ボンズベーブ・ルース ウィリー・メイズ  
ルー・ゲーリッグ  テッド・ウィリアムズ  ジョー・ディマジオ  ジャッキー・ロビンソン
MLB  投手 
 サイ・ヤング  ノーラン・ライアン ロジャー・クレメンス  ボブ・フェラー  
NPB  打者  
 張本 勲    野村克也 王 貞治  長嶋茂雄  川上哲治 イチロー  松井秀喜  藤村富美男  
 大下 弘  中島治康  中西 太
NPB  投手  
 金田正一 米田哲也 小山正明  稲尾和久  村山 実  小山正明  江夏 豊   山田久志    
 スタルヒン
 
なんか、楽しくなってしまうでしょう。
しかし、最強のナインでも迷ってしまうのに、史上最高1人を選ぶのは実に困難な作業である。名前だけ、噂だけでしかしらない選手も多いのである。
さらに個人的な候補を挙げさせていただく。
MLB  サチェル・ペイジ
日本高校野球 江川 卓
 
まずはサチェル・ペイジについてウィキペディアより抜粋。
ニグロリーグ時代には約2500試合に登板、2000勝以上をあげ、うち完封勝利は350以上、ノーヒットノーラン55試合など、にわかには信じがたい成績が伝えられている。上手、横手、下手どこからでも投げ分けることが出来、投球練習の際、ホームベース上に置いた煙草の箱の上をボールが通過するほどコントロールに優れていたという。球速の計測記録は残っていないが、160km/hを投げていた速球王ボブ・フェラーが「サチェルの投げるボールがファストボールなら、俺の投げるボールはチェンジ・アップだよ」と発言している。

次に江川卓。こちらに関してはもちろん NPB での成績は平凡なものではあるが、高校時代を知る者にとっては、生きた伝説
江川卓2である。(以下 ウィキペディアより抜粋)
1972年、江川2年夏、第54回全国大会栃木県予選は2回戦、3回戦、準々決勝の登板した3試合すべてでノーヒットノーラン(3回戦は完全試合)達成、27回無安打46奪三振(1試合平均15.3奪三振)と驚異的な記録で準決勝に進んだ。1972年、第25回秋季関東地区大会栃木県予選は、4試合登板29回無失点45奪三振、2試合完封で優勝。江川は秋の県大会と関東大会を無失点で優勝(秋季大会成績:7勝0敗 / 53回 / 被安打12 / 奪三振94 / 奪三振率15.96 /失点0 / 自責点0 / 防御率0.00)。新チーム結成以来、練習試合を含む23戦全勝負けなし、113回無失点。
1973年第45回選抜大会3月27日、第1日目第1試合。初回先頭打者から4回2死までアウト11打者連続三振。
この試合をLive でみていたが、今でもその怪物ぶりが目に焼き付いている。
今世紀中には江川以上の高校球児は登場しないであろう。
申し訳ないが高校時代に限れば、松坂大輔投手、大谷翔平投手ともレベルが違いすぎると言わざるをえない。
さてそれでは史上最高を選ばねばならない。
個人の独断と偏見とはいうものの相当迷ってしまうのである。
今回ははじめから決めていたわけではないので、
気合をいれてベーブ・ルースに決めさせていただく。
昔の劣悪な環境下での図抜けた本塁打数、みんなに愛されるキャラクター、予告ホームラン等の数々の伝説。小さいころにみたベーブルースの映画や伝記の影響や、まあ多くの方が納得するであろうということから選ばせていただいた。
無難といえば無難なので、面白くないという声も聞かれると思うので、番外編で江川卓。しかも高校2年秋から高校3年夏までに限って、特別史上最高投手(高校野球に限らず)に認定させていただく。
よおし決着。
ビール、ビール。 

続きを読む

2013-08-03 : 酒の肴にもってこいの野球話 : トラックバック : 0
Pagetop

1.2番打者の重要性

4番打者とはなんぞや? ということは既に記載した。
では、1番打者、2番打者とは?ランナー1 
について深く深~く考えたのである。
1番打者 足が速く、出塁率が高い。
2番打者 バント、チームバッティングがうまい。
こんな感じが日本の正しい野球オヤジの意見であろう。
しかし、最近2番打者最強打者説などもあって、ちょっと面白くなってきた感じはするのである。
一般的に1番打者や2番打者は3,4番の前になんとかスコリングポジションに出ている状態を作るということが重要であるのは反論の余地がないであろう。
しかし、しかし、出塁率は重要ではあるが、それと同様かそれ以上に重要な役割があるのである。
それは、脚の速さと果敢な走塁、それによる相手バッテリー、相手守備者へのプレッシャーをかける役割なのである。
そこで、ここでは一般的に理想とされる1,2番というよりも相手にとっていやな存在である1,2番はどのコンビかを考えてみた。
近年のプロ野球 (主にパリーグしかみていないが) で、相手にするといやだなぁといつも思っていたコンビは

2010年ころの西武ライオンズ 片岡易之 栗山巧
(2010年成績 以下 片岡/栗山 の順 打率 .295/.310  出塁率 .347/.400  盗塁  59/14  犠打  14/18)
2011年までのソフトバンク 川崎宗則 本多雄一 
 (2011年成績 以下 川崎/本多 の順 打率 .267/.305  出塁率 .310/.367  盗塁  31/60  犠打  9/53)
あたりであろう。

なにが、いやかというと2人とも出塁率が高く、またよく走るために2人のうち一人を塁に出してしまうと、もうランナー2塁を覚悟しなければならないというプレッシャーである。
ピッチャーは緊張し、ランナーに注意がそがれている状態で、さらにクイックモーションで投げなければならないので、その緊張感の中で勝負される3,4,5番打者はバッター有利この上ないのである。
残念ながら私の応援する球団にはこのような選手はいないので、ゲームをみていて彼らを出塁させただけで、「もう点をとられる」、「今日もダメだ」 と投げやりになってしまうほどなのである。
この1,2番の組み合わせで1試合に4,5回は対決しなくてはならないのである。
むしろ1番が出塁して2番がバントと決まったパターンの方が組しやすいのである。
つまり、1、2番は同レベルに出塁率が高く、盗塁を含め果敢な走塁のできる選手をそろえるのが理想と思うのであるが、なかなか2人もこのような選手をそろえられないので、2番はランナーを進めることに徹した選手をいれるのである。
これだと1番バッターが塁に出なかった場合には単に打力のない2番バッターとの勝負になるになるので相手へのプレッシャーはさほどでもないのである。
以上のことから、先日行われた WBC 日本代表で本多選手がなぜスタメンで出されなかったか疑問であり、中日ドラゴンズの大島 洋平選手、楽天イーグルスの聖澤 諒選手を2人とも代表から外してしまった意図が分からないのである。ただ打って勝つという戦法でトーナメントを勝ち上がるのは難しいことは判りきっているのである。
このような選手を1,2番に揃えておくことで、細かい野球の苦手なメジャーリーガーには大いなる脅威になったと思うのである。
間違いありません。
ところで、プロ野球史上最高の1,2番コンビは誰でしょう。
 
1980年ころの阪急ブレーブス 
福本 豊
(生涯盗塁成功率 78.1%) 簑田 浩二(生涯盗塁成功率 77.2% 
この2人が最高であると私は断言してしまうのである。

[1978年の成績]      
 福本 豊    打率 .325 出塁率 .399 盗塁 70 犠打 3
 簑田 浩二 打率 .307 出塁率 .374 盗塁 61 犠打 16
 
どうですか まいったでしょう。
ワッハッハ。
この時代、ピッチャーには山田久志までいて、どうしてジャインツに勝てなかったのでしょう。
と思っていたら、なんとジャイアンツの V9 は1965~1973年で 1978 年の日本シリーズで阪急ブレーブスはこのメンバーを擁しながらヤクルトスワローズに3勝4敗で敗れていたのであった。
これもビックリ。 

続きを読む

2013-04-07 : 酒の肴にもってこいの野球話 : トラックバック : 0
Pagetop

4番打者とは

4番打者=最強打者か? 
最強打者は何番か?

野球好きがワクワクする命題である。
最強打者が何番かというより、まず最強打者とは何ぞや? ということを考えねばならない。
4番打者
もっとも打率の高いバッター、長打率の高いバッター、得点圏打率の高いバッターなどいろいろな考え方がある。
日本では、というより日本のプロ野球では、3番打者は打率が高く、4番打者は打率もよく長打力、とくに本塁打の多い打者を指すことが多い。
高校野球や大学野球などでは少しニュアンスが異なるかもしれない。
一般的には最強打者とは 
一番頼りなる=打点を挙げられる=チャンスに強く、そこそこホームランも打てる 
といいうような感じになると思う。
ところが、このようなバッターが何番を打つのがいいかということになると、決定的な決まりはないと言わざるをいない。
日本では昔から4番が特別視されてきた。これはアメリカでクリーンナップは4番を指し示すためであろう。
日本でいう3,4,5番をクリーンナップトリオという表現はアメリカにはない。
日本人はアメリカ人に比べ長打力がないので一人で走者一掃させせられないので、このように名づけられたのかもしれない。
しかし、コンピューターシュミレーションでは3番に最強バッターがいるほうが得点力が高いとの論理から、メジャーでは3番に最強打者を置くことが多いといわれている。
このコンピューターシュミレーションの内容を見たわけではないが、これも実にあやしい感じがする。
こういうものは、前を打つバッター、相手ピッチャー、守備力、グラウンド等々、複合要因が多すぎて絶対的な根拠になりえそうにないからである。
要するにデータの集め方、解析の仕方で好きなように結果を導けるのではないかと科学者?の私は思うのである。
それが証拠にメジャーでは2番最強打者説もあって、これまた、メジャーの試合を統計学的に処理した結果なのだそうだ。確かアレックス・ロドリゲスも2番を打っていた時代があった。
一方、日本プロ野球の2番というとバントというイメージが強いが、日ハムでは小笠原が、ダイエーには山本和範などの強打者が置かれることもあった。
ここまで考えてきて、じゃあ最強打者はどこなんだよという感じになってしまうのである。
今回は少しというかかなり歯切れが悪いのである。
本当はわからないのである。
それでもがんばって結論づけましょう。
まず、4番にはいわゆるチームを高率に勝利に導く打者はおかない。
なぜなら、最高によいバッターには試合開始後の1回で打順が回る必要があると考えるからである。
最強バッターにはより多くの打席が多く回る必要があるからともいえる。
1、2番については別の機会に持論を展開させていただくが、もっと重要な役割がありうであるからここでは最強打者を置かないことにさせていただく。
ということで消去法で最強打者は3番に決めさせていただいた。

では、4番は? 

これは特別である。
特にプロ野球に限れば、一振りで球場の空気、雰囲気を換えられる打者、なにかを起こしてくれそうな期待感を持つバッターでなければならない。
古くは阪神の藤村富美男、西鉄の大下弘、その少しあとでは巨人の王貞治、長嶋茂雄、外国人選手ではブライアント、バース、マニエル、現在では西武のおかわり君、阪神金本智憲なんかが思い浮かぶ。惜しまれて引退した松井秀喜も好きである。「春団治」こと阪神の川藤幸三なんかもおもしろい。
ここまで実績のある選手はどこにでもいるわけではないが、フルスイングと何かやってくれそうな雰囲気、スター性がきめてである。
多少打率が低くとも、打点がトップでなくともいい。
ファンを魅了する選手でなければならない。
要するに、最強打者であるかどうかお4番を選ぶ最大の根拠にはしないのである。
左打者信奉者の私であるが、4番だけは右バッターでもよいのである。
別な言い方をすれば、左で打たなくても誰もが納得する魅力を持つ打者の打順である。
見るものに感動を与える打者、お金を払ってもみたい打者、特別印象に残る打者
この特別な存在が4番であると決めさせていただく。
参考文献 プロ野球最強のベストナイン  PHP新書 
2013-01-12 : 酒の肴にもってこいの野球話 : トラックバック : 0
Pagetop
ホーム

カレンダー

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
スポーツ
6201位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
野球
839位
アクセスランキングを見る>>

クリーンヒット

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。